何百のありがとう 何千のありがとう。

「逆境にありがとう」


ピンチに陥ったときにチャンスが生まれる、
みんなで力を合わせれば…

<善く戦う者は、これを勢に求めて、人に求めず>
孫子の兵法の「兵勢篇」にある言葉です。


 戦上手は、勝敗の要因を、“勢”の作用に求めて、兵士個々の戦闘能力に求めない。大事なことは軍全体の“勢”であって、勢いに乗りさえすれば、兵は坂道を転がる丸太や石のように、止めようのない力を発揮する。これが勝利を手にする戦法、ということです。

 こんなご時勢に、社員全員が一丸となり元氣に勢いに乗って業績を伸ばしている会社が、滋賀県・八日市にある小林事務機株式会社。八日市・彦根・草津に根拠を置き、県下全域をカバーする事務機器の販売会社です。

 話は平成10年2月のこと。

 例年2月、8月といいますと、“ニッパチ”といわれ、仕事が減る月。この時期に活性化をはかるために、メーカーは販売キャンペーンを実施します。

 小林事務機も、2月にコピー機40台の販売チャレンジ計画を立てました。壁には「目標必達!」と書かれた、達成状況が一目でわかる表がデカデカと張り出されます。

 小林弘和社長も、目標達成に向けて檄を飛ばし、2月がスタートしました。

 その矢先に、入院中の父、小林久雄会長の危篤の知らせが飛び込みます。東北に出張中の社長は、すぐに仕事を切りあげ、その足でトンボ返り。社内に動揺が広がります。

 家族の昼夜をおかずの看病、社員たちの祈りも空しく、3日後、会長は眠るように旅立ちました。それからは、各方面への連絡、社葬の準備、そして通夜、葬儀と続き、ようやく社内が平静取り戻したのは5日目。2月半ばを過ぎていました。

 通常の業務に戻ったものの、社内には会長を失った虚脱感が広がっています。いつもは賑やかな社内もシーンと静まりかえっています。

 壁に目をやりますと、「目標必達!」の文字が、空しく躍っています。数字は10台に。

「これで落ち込んだらイカンノヤ!」

 叫ぶように立ち上がったのは、社内でいちばん声の大きな森田営業課長その人でした。

「どうや、みんな。4時から8時まで、ナイトコールしようやないか!」

 と、勢いよく提案。ナイトコールというのは、見込みのあるお客様のところに、夕方から夜間、集中的に訪問し、契約をいただこうというもの。

 もちろん誰一人反対する者はおりません。全員森田課長の言葉にわが意を得たりと、猛然と活動を開始。事務もサービスも、営業をサポート。彦根の田中課長、草津の尾杉課長も大活躍で各営業所を盛り上げます。

「森田さんのいうとおりや。みんなでやろうやないか!」

と、三拠点で一斉にスタートしたのが2月18日。

 全員がその氣になれば、その勢いは何十倍、何百倍にもなってふくらみます。

「ただいま戻りました。契約成立!やりました!」

 毎日明るい声で帰ってくる営業マン。幹部の人たちも、若手リーダーをバックアップし、ガッチリとフォロー。社内中に明るい言葉が飛び交い、活氣が満ち溢れていきます。

「亡くなった会長が望んでいるのは、死を悲しむことではなく、今の皆さんのように、生き生きとがんばってくれることです。この調子でがんばろうやありませんか?」

 と社長からも栄養ドリンクの差し入れ。

 グラフは、目標の40台に一日一日と近づいていきます。

 残業がどうとか休日がどうとか、文句を口にするものなど1人もいません。

 締め切りがあと2日に迫った2月26日の夜のこと。時計の針が8時39分を指したそのとき、各営業所から届く売上数字を集計していた森田課長が立ち上がり、

「40台、いったデ!!」

 その足で社長室に駆け込みます。

「社長、やりました!40台、達成です!」

「万歳!」「やったぞ!」、期せずして沸き起こる歓声。拍手。

「皆さんのおかげや!ありがとう!ホンマにようやってくれた」

 社員1人1人とガッチリ握手する小林社長。その目には、感謝と感動の涙が光っていました。こうして2月末日、最終的に43台の成績でキャンペーンが終了したのです。

 でも、この勢いをここで止めては“近江商人”の名がすたる。

 続く3月の売り上げ目標を、自主的に全員の総意で20パーセント上乗せし、一人1000万円の目標に挑戦。これも見事に達成。

「40台を達成した夜、帰りの車の中で、もう涙がとめどもなく流れて止まりませんでした。アア!目標に貢献できたんだ、と。社長が私の目をしっかり見て、『ありがとう』と、両手で、ギューッと握手してくださってすごくうれしかったです」

 と若手営業マンは語る。そこには、ピンチを乗り越えた者にしか得ることのできない、こぼれるばかりの笑顔がありました。

社長を救った“ありがとう”の輪

 この快挙に一番元氣づけられ勇氣づけられたのは、いうまでもなく小林社長自身。

 普段は冷静な小林社長も、肉親である会長の死を前に、精神的に不安定になっていたのでしょう。1年前に社長に就任したとはいえ、相談できる会長がいるのといないのではまったく様相が違います。

 会社を発展させていくことへの責任や、心のよりどころを失った空虚感などが入り乱れ、「さあ、やるぞ!」と意氣込んだ日があるかと思えば、「もう会社はダメかもしれない」と落ち込んでしまう日もあります。

 そんな苦境にあって、社員全員が心を1つにして、会長の死を乗り越えようとしているのです。小林社長の心の隅々にまで、みんなのエネルギーが沁み入りました。

「すばらしいパワーを持っている社員さんばかり。小林事務機は大丈夫。こんなにすばらしい社員さんに恵まれて、私は幸せ者だ。会長の死が私たちに残してくれたものだ。私もしっかりしなくては。みなさん、本当にありがとう!」

 こうして、社員全員から勇氣づけられ、元氣に立ち直ることができた小林社長。

「若い人が育っています。それに幹部も充実している。大変な時代ですけど、私は安心しています」事あるごとに、こう語ります。

 中国古典の『十八史略』に曰く、「得意絶頂の時に崩壊の兆しあり」。うまくいっているとき、順風満帆のときは、誰しも有頂天になりやすい。有頂天になりますと、人は傲慢不遜(ごうまんふそん)となり、頂上から転げ落ちることがよくあります。

 それに比べ、ドン底、ピンチになりますと、人は謙虚となり素直になります。そして、より、一層進歩発展していこうという熱意と氣概に燃えてきます。

 小林社長が、まさにピンチにあったそのとき、森田課長の一言が社員1人1人の本氣の全力投球が、ありがとうの真髄を教えてくれたのです。

 さあ、もう一度、自分を見つめてみましょう。

 自分の周りをよく見回してみましょう。

 きっとそこには、数え切れないほどたくさんの感動と“ありがとう”が光り輝いているに違いないのですから。